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最高裁判所第三小法廷 昭和44年(オ)466号 判決

上告人

海保重雄

代理人

半田和朗

被上告人

千葉タクシー株式会社

代理人

杉村進

山田光政

主文

原判決を破棄し、本件を東京高等裁判所に差し戻す。

理由

上告代理人半田和朗の上告理由について。

上告人の本訴請求は、要するに、「上告人は有限会社千葉タクシーの社員として同会社に対し、出資口数六〇〇口(一口一、〇〇〇円)に応ずる持分を有するものであるところ、右有限会社は、上告人不知の間に、昭和四一年一〇月一三日株式会社に組織変更されて被上告会社となり、同月二四日その旨の登記がされるに至つた。しかし、右組織変更による被上告会社の設立は、総社員の一致による総会の決議を欠き無効であるから、株式会社の設立無効の訴に関する商法四二八条の規定に則り、その設立無効の判決を求める。また、上告人の右持分は、同人がこれを他に譲渡したことがないのに、株外丹羽善男の名義に変更されているので、被上告会社に対し、自己が有限会社千葉タクシーに対する前記持分を有することの確認を求める。」というにある。これに対して、原判決は、上告人は、被上告会社の株主でも取締役でもないから、本件訴の当事者適格を有しないものであり、もし、事実が上告人の主張のとおりであるならば、有限会社千葉タクシーは、登記簿上は抹消されても、なお存続している筈であるから、それを相手取り、組織変更の社員総会の決議の無効ないし不存在の確認の訴を提起すれば足り、その際、同会社の持分確認を求めればよい、したがつて、本訴請求は正当な利益をも欠くものであり、いずれにしろ却下を免れない、として、右請求を排斥している。

しかしながら、会社の組織変更は、会社がその前後を通じて同一人格を保有するものとはいえ、法がそのために、総株主または総社員の一致による総会の決議等一定の厳格な手続を要求し、かつ、登記簿上は、旧会社の解散および新会社の設立の各登記を経ることとし、あたかも会社の設立または合併の如き手続を規定していること、ならびに、組織変更が、会社と利害関係を有する多数の者との間における複雑な法律関係に影響を及ぼすため、その無効については画一的な処理を必要とすることを考え合せれば、その手続に重大な瑕疵があるとしてその無効を争う場合には、会社の設立無効の訴に関する商法四二八条の規定を準用し、組織変更後の会社の株主または取締役は、組織変更後の会社を被告として、その設立無効の訴を提起しうるものと解するのが相当である。そして、有限会社が株式会社に組織変更された場合において、組織変更当時有限会社の社員たる地位を有していた者は、当然株主たる地位を与えられるべきものであるから、なんらかの故なき理由で表面上株主として遇せられていないとしても、実質上は、なお株主としての地位を有するものというべきであり、商法四二八条の準用にあたつては、なお株主に準じて、右組織変更後の株式会社の設立無効の訴を提起しうべき原告適格を有するものと解すべきである。

また、組織変更は、その前後を通じて会社の人格を異ならしめるものではないから、者限会社に対し社員がその地位の確認を求める場合のような会社組織の内部関係の問題については、組織変更後の会社も、その以前の会社と選ぶところはなく、また、上告人が組織変更前の有限会社の社員たる地位を有するかどうかは、本訴のような事由に基づいて組織変更の瑕疵をいう設立無効の訴においては、その前提要件として、その訴訟手続内で審理判断すべきことであるから、上告人は被上告会社を相手として組織変更前の有限会社千葉タクシーに対し、前記持分を有することの確認を求めることもできるというべきである。

それゆえ、右と異なる見解のもとに、本訴請求を排斥した原判決は、この点に関する法令の解釈適用を誤つた違法があるものというべく、論旨はこの点において理由があり、原判決は破棄を免れない。そして、本件は、さらに本案について審理をする必要があるから、これを原審に差し戻すのが相当である。

よつて、民訴法四〇七条を適用して、裁判官全員の一致で、主文のとおり判決する。(関根小郷 田中二郎 下村三郎 松本正雄)

上告代理人の上告理由

一、原判決は、要するに、上告人は被上告人会社の株主でも取締役でもない以上商法第四二八条により被上告人会社の設立無効の訴を提起するにつき正当な当事者たり得ず、上告人の主張をもつてすれば有限会社千葉タクシーは登記簿上抹消されてもなお存続しているのであるから同有限会社を相手に組織変更の社員総会の決議の無効ないし不存在の確認の訴をなすを以て足るとして、第一審判決を破棄して上告人の請求を却下した。

二、しかし、原判決の右判断は、判決に影響のある法令の違背があるものである。

上告人の主張は、要するに上告人自身有限会社千葉タクシーの持分を何人にも譲渡したことがないばかりでなく上告人を含む何人の持分の譲渡についても有効な社員総会の承認がなされた形跡がないから、訴外森本孝二らはかつて一度も有限会社千葉タクシーの持分を有したことがないとの主張を前提に、有限会社千葉タクシーを被上告人会社に組織変更する社員総会の決議なるものは不存在であるから、右有限会社の組織変更による被上告人会社の設立は無効であるというのである。

三、有限会社とその有限会社の組織変更後の株式会社とは、組織変更の前後を通じ法律上同一人格を保有することはいうまでもない。とすれば、組織変更前の有限会社の社員として会社に対し持分を有した者は、その有限会社と同一人格をもつ組織変更後の株式会社に対しても同じく持分を有つことは当然である。たとえその者が表現的に株主として取扱われることがないとしても、実質的に社員たるの地位を主張しこれにもとづく権利を行使することも可能でなければならない。

なる程商法四二八条は、株式会社の設立無効の訴を提起しうる地位にある者として株主と取締役を挙げるに止め、右以外の者に訴提起の資格のないことを規定する。しかし、同規定は、株式会社の通常の設立の場合を予想して設けられたものであつて、有限会社の組織変更によつて株式会社が設立される場合のことを予想するものではない。従つて、有限会社の組織変更によつて新たに株式会社が設立される場合にも商法の右規定が当然に適用されると解すべきでなく、有限会社の組織変更による株式会社の設立の場合には、右規定にいう株主の中には組織変更前の有限会社の社員も含まれると解しこの者には設立無効の訴を提起する資格あるものと解すべきである。

蓋し、若しそうでないと、組織変更前適法に有限会社の社員であつた者が、自己の知らない間に有限会社を株式会社に組織変更されても、その株式会社の設立の有効性を争う手段を奪われることとなつて甚だ不都合だからである。

四、原判決は、このような場合、組織前の有限会社が既に登記簿上抹消されているとしても、なお有限会社を相手どつて社員総会の不存在ないし無効を争い有限会社の実質的存続と社員権の確認とを求むべきだという。

しかし、既にその商業登記が閉鎖され登記簿上の存在を失つた会社が訴訟法上当事者として訴えられる適格を有するかは甚だ疑問である。何故ならすべての営利法人は商業登記簿上登記されている場合初めて法律上その存在を認められ権利義務の主体たりうると解すべきだからである。そうでないと、既に閉鎖された商業登記にのみ存在を有する会社が、いつまでも権利義務の帰属主体たる地位を有することとなつて登記制度の本来の越旨にもとる結果となるであろう。

五、また、組織変更の前後を通じ有限会社と株式会社とが同一人格を保有すると解される以上は、有限会社若しくは株式会社の一方に対する訴の提起は即ち同一人格たる他方に対する訴の提起と考えられ、相手方を有限会社とするか株式会社とするかは単なる表示の問題に帰着する。そしてこの場合商号登記の上で現に存在を有する株式会社をもつて相手方の表示とすることが正しいと解される。

六、更に原判決のいう如く商業登記簿上姿を消して有限会社千葉タクシーを相手取つて上告人がその存続と持分の確認を得たとしても、なお問題は解決しない。何故なら、有限会社の登記の回復を得たとしても、株式会社の登記はそのまま存続するであろうからであり、しかも上告人自身にはその抹消を求めうべき資格がないとすれば、結局千葉タクシー株式会社の株主または取締役中の何人かがその存在の有効性を争わない限り、恰も、全く別異独立の二会社が存在する如き外観が継続するからである。

七、右のような迂路と不合理を避けるには、ことを実質的に見て、組織変更前の有限会社について持分を有した者に組織変更による株式会社の設立無効の訴の当事者適格を認むべきである。これと異る見解の下に、上告人の請求を却下した原審の判決は、破棄を免れないと思料する。(なお、原判決は、上告人の請求を却下したが、訴権を以て自己に有利な判決を求めるものと解する立場は狭きに失し、訴権を以て本案についての判断を求めるものと解する見解が正当であるから、原審のその余の点の見解を以てすれば訴却下の判決をなすべきが至当と思料する。)

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